3/18

仕事をさっさと切り上げ、友人と会う。貸していたマンガを返してもらうためだが、彼とは当分会わないだろうから会えてよかった。彼は東京を離れる。

 

最近は考えることが多すぎた。久々に当たり前に思っていることに気づいた。

 

知人に死んでほしくない。

さみしいとか悲しいとかではない。自分より当然に生きている(ように見える)人が死んでしまうのが嫌だ。死んでしまう理由になるような生き方をしないでくれ。凌いで凌いでと繰り返す人はなにからも遠ざかってしまう気がする。本当はそうさせるような構造が問題なのだ。だから個人に求めるのはお門違いなのかもしれない。わたしが真っ当な人に「社会」を見ているだけだ。なるたけましなものだと思いたいのだ。たとえば、あなたが「社会」の構造によって死んだとして、わたしはそれを許すだろうか。踊らされて死んでいったあなたを憐れまないか。さみしい悲しいよりもそんなことばかり想像する。

 

『旅立ちの日に』の歌詞が好きでなかった。正確に書くならば、卒業生のわたしがその詞を歌うことに違和感があった。

旅立つ側にはえてして現実味がないように思う。今日もそうだったのではないか。彼は仕切りと「現実感がない」と言い、「そういうものだよ」とわたしは返した。今までだってそう頻繁に会っていたわけではないのに、「彼がここからいなくなる」という現実を感じていた。

中学、高校、大学を卒業する時も、一人暮らしを始める時も、「旅立ち」を捉えているのはわたしよりも両親だった。『旅立ちの日に』も読んでみればへんてこなのだ。この曲はわたしの世代では小中学の卒業式の定番ソングだが、当時卒業生だったわたしは「飛び立とう」と思うこともなく「限りなく青い空に心ふるわせ」ることもなく、自分に「弾む若い力」があるだなんて思ってもいなかった。若い自覚なぞなく、漠然と今までと違う場所に行くらしいという意識だけがあった。これはあくまで回顧の上で書かれた詞なのだと思う。

時に旅立つ意志がなくとも、勝手に旅立たされてしまう。旅立ちを感じるのは周りばかりで、旅立たせるのは環境と構造で、当人にとってはさしたことのないマイルストーンで、後で振り返ってみてようやく手触りを得るものなのかもしれない。

 

当面は「旅立ち」を感じることの方が多いだろう。順当に進むならば祖母を見送ることになるだろう。友人の結婚式への参列も増えるだろう。同僚・上司が職場を離れるだろう。(わたしは部署でいちばん若く、転職の予定もない)取引先の部署異動で会わなくなる人もいるだろう。転勤したり、ワーキングホリデーに行く友人もいるかもしれない。妹の大学卒業も間近だ。

わたしはここにいるだろう。心身を壊さない限り、変わらず仕事をしているだろう。どこかに行きたいとは思う。だけれど、そのどこかは現実のある地点ではなく、どこかでしかない。生活はつづく。どこかへ行きたかろうが、誰かが去ろうが、わたしは続いてしまう。

 

大学で出会ったいちばん仲の良い友人は「まるくなった」とわたしに言う。それは友人が変わりゆくことへのさみしさと諦念と、変わりゆくあなたと友人であり続けたいという選択から生じるのだと思う。友人にもそういうものはあるのだろうか。

わたしばかりが覚えていることも、友人ばかりが覚えていることもある。

 

 

別れ際、「命あらばまた他日」と言った。新天地へと去る彼が言うに相応しいものだが、あえて言った。近しい(のかはもはやわからないが)畑で働いてゆく我々に、続く言葉を置いておきたかった。たぶん彼はそれを知らない。別に構わない。

4月は彼に勧められたドラマを見ようと思う。

12/19

今すぐにでもこの世界から降りてやりたいのに、

「それは負け」「逃げ」っていうから降りられない。

おまえらは生物男、自認男だからそうやって「好き」を「好き」って言ってなんにも言われないだけなのに。あたしの「好き」には「女だから」がつきまとってる。human=man がつきまとってる。

それらに勝る薬物みたいな「好き」がなきゃあたしたちは息ができない。

そのくせあいつらはそれを依存って言う。弱いからだって、力を持とうと努力しないからだって言う。

どんなに努力したって、つっかえすくせに。

あたしたちが諦めるだけの前例をつくってきたくせに、勇気をひねり潰してきたくせに。

12/13

こわいことがおおすぎる。

おそろしいとおもいすぎている。

 

悪いこととは思っていない。

そう感じられるわたしを嫌いでない。

こわくなくなること、おそろしくなくなることを恐れている。

 

でも、長く生きるとしたら、生き延びるとしたら、今すぐにでも逃げてしまいたい。怖い。

11/30

ここしばらくは目まぐるしかった。今まで獲得したことのない感情をいくつも得て、自分自身への飽きが減った。

 

ひとつ大きな呪いに区切りをつけたので、修理に出していた時計がやっと戻ってきたような心持ちだ。いつかこの呪いのことも書けてしまえるようになれたらいい。

呪われなかったなら私は、とは絶えず考えてしまうし、代償は大きかった。大切に思う人を傷つけ、関係をひっくり返した。本当にそれだけは後悔してやまない。

呪いが重くなったのは私の性質あってこそだろう。そしてその性質は今もさして変わらないが、予防や解決の仕方をいくらか手に入れているから大丈夫と思える。

5年かかった。

5年もすれば私の身体はあの時とは別の新しい身体に入れ替わっている。だからもう大丈夫だ。

言い聞かせる必要はまだあるが、いくつかの後押しもありどうにか安定し始めた。

 

呪いに区切りがついたこともあり、先を考えることが増えた。(考えねばだから、区切りをつけたとも言える。)

小学生くらいの頃からなぜだか、長くは生きない気がしていたからあまり未来を考えていなかった。何か始まっても(もしくは始まる予感があっても)終わりはそう遠くないという無意識があった。

曲がりなりにも2年半働き、一人暮らしも2周年が見えてくると、どうやら私はしばらく死なないらしい、下手すれば80、90と生きながらえてしまう可能性がある、と確信しはじめる。それに、当面は死にたくないのだ。好きなものを仕事にしているせいかそう思うことが増えた。

となると、ひとりでずっと生きるには長いような気もしてくる。ひとりは苦でないが、人と暮らしていた時期があっても良いし、やってみて自分がどう思うか、どう変化するかには興味がある。もちろん現実的な恩恵もあるだろうという打算はあるが。慣れたとはいえ一人で暮らしていると生活に割かねばならないリソースが大きい。人と暮らしていた方がもっと手を出したい仕事に割く容量が増えるだろうと思っている。

そんなことを最近はよく人に話すのだが、「いずれ頼さんとパートナーになれないものかとは思っている」と言う人が現れた。少なからず好意は感じていたものの、驚いた。年上の他人の言葉は、より生々しく具体性を帯びており、思わぬ方向から一撃を喰らった。私もそんなことを言われる年になったのか、と感慨深さもあった。友人やら先輩やらが結婚したり子どもを持ったりしても似た感慨はあるものの、突然舞台に引きずり出されたような戸惑いも濃い。正直、まだまだ先延ばしにしたい。

家の更新に伴って地震保険付帯の火災保険に切り替えようかとほけんの窓口に行った。ついでに医療保険のことも聞いてみようかと相談したのだが、自分が長く生きる可能性が形を持って迫り来るようで慄いてしまった。以前より未来のことを考えているといってもせいぜい3、4年のことだったのが、保険を検討するとなると数十年先を視野に入れる前提で会話しなければならない。医療保険はいったん先送りにするが、控除を鑑みれば入るに越したことはない。来年の課題としてひとまずは置いておくつもりだ。

 

生々しい決断を先送りにしたいせいか、最近は年下と話したくて仕方ない。仕事は自分よりキャリアの長い人がほとんどだし、仕事の場でそういう相手を求めているわけではない。手っ取り早いのはティンダーかと思い久々にアプリを入れて何人かチャットする。

一人と飲んでみると、異様に愛らしく感じると同時に、自分より生きている年数の少ないよく知りもしない成人の幼さを愛でている自分にぞっとした。学生の頃自分がされたことを、全く関係のない彼に投げつけたようなものだ。復讐欲に似た何かが自分にあることに唖然とした。

渋谷で飲んで下北沢まで歩いて駅で別れたのだが、年上のお姉さんをやっているのは楽しかった。「深い話ができて楽しかったし、話いっぱい聞いてくれて嬉しかった」と別れ際に言われ、何か役目を果たしたような気持ちになった。(正直、さして「深い話」をしたとは思えないのだけれど。)年上の他人が真剣に話を聞いてくれる嬉しさには身に覚えがある。終始性的な視線を私に向けていた彼がそう言ったのがちょっとおもしろかった。

体力があるタイミングならこうやって新しい人と会うのは悪くないのかもしれない。

 

来週にはSEVENTEENのライブがある。はまって間もないが、妹の万全なサポートのおかげで順調に学んでいる。新しいコンテンツの開拓は楽しいし、頑張っている人を見ると自分も多少なり頑張るから嬉しい。

明日は映画の日だから2本観るかと、朝のチケットを取ってしまったが起きられるのだろうか。不安だ。

2024/10/13

一生飼わない犬のため、首輪を買った。赤い合皮の大型犬用である。

ホームセンターの閉店セールで、がらんとした棚にぶら下がっていた。物寂しそうに赤くてらてらと蛍光灯を反射する首輪に、自然、手を伸ばした。たったの500円だった。

幼い子というのは犬猫だとか動物を好みがちである。私も例に漏れず犬を飼いたいとねだった。中型犬程度なら交渉の余地もあったろうに、私が飼いたがったのはジャーマン・シェパードグレート・ピレニーズ、バーニーズ・マウンテンにグレート・デン、と総じて大型犬ばかりだった。おさがりの自然大図鑑に色鉛筆で丸をつけて、この犬種がいいと主張したものだ。

なんにせよ病がちな5つ上の兄と幼稚園に通い始めたばかりの私がいる中で、更に犬を飼うだなんて両親は到底許さなかっただろう。

 

幼稚園の帰りに寄る大型スーパーの2階にはペットコーナーとトリミングサロンがあった。飼うことの叶わぬ私は本物の犬を見ることで溜飲を下げていた。といっても、販売されている犬も客の犬も大概は小型犬か中型犬だった。

ある日、いつものようにトリミング室のガラス窓に張り付いていると、後ろから声をかけられた。声の主はさっきまでトリミング室にいたラブラドールを連れ立っている。女性は親切にも飼い犬を触らせてやろうと話しかけたらしい。

間近で見る大型犬の体躯に恐々と頭を撫ぜる。見知らぬ子どものにおいを確かめようと、黒い鼻面が私の手を追う。未知の動きに硬直した手が犬の呼気に包まれる。犬が大きく瞬きしたのをみとめて、もう一度頭から触れた。カスタード色の被毛に沈むような柔らかさはなく、想像より硬い。温さには覚えがあった。

湿度あるにおいは非日常のそれで、一心不乱に犬の頭やら背やらを撫でまわしていた。そうしていないとほんとうでは無くなってしまう気がしたのだ。

その日、微熱の兄の布団に潜って私は話した。

「今日ね、ラブラドールさわった」

「いいね。どんな子だった?」

11歳になってまもない兄の身体はいつだってじわりと熱く、秘密をささやくみたいな声も熱を帯びていた。

「クリーム色で懐っこかった。あんなおっきい犬、さわったのはじめて」

「こわくなかった?」

私は答えなかった。答えられなかった。図鑑から抜け出し、まぎれもないいきものとして現れた犬への感情を説明するすべを私は持たなかった。

「……ラブラドールはタンモウシュでダブルコートだから、京の好きなジャーマン・シェパードもなでたら似た感じかもしれないね」

「にいちゃんは飼うなら何犬がいい?」

「おれは…おれは、なんだろうな。あんまりいらないかもなあ」

兄は最後にそう言った。おでこにかかったうすい息がなんだかおそろしかった。

夜、兄の夢を見た。

本棚に並ぶ図鑑から浮き出た赤や青の文字が兄を蝕む。兄は全身を文字に這われながら、黒いインクを吐く。インクには文字のなり損ないのような切片が混じっていた。私はへたり込んでそれを見ていた。両脇には大きな犬が私を守るように2匹控え、私が泣けば、さりりと微熱の舌が涙を舐めとった。

犬の舌なぞ触れたこともないのに、その凹凸も湿度も目覚めてなお覚えていた。

 

犬と共に暮らすという欲求は年を重ねるにつれ萎んでゆき、私は犬でなく恋人と暮らすようになっていた。

築20年余りの1L D Kに住まう我々は、飼い主と飼い犬のようであり、飼い犬と飼い主のようでもあった。

出不精の私を恋人は散歩に連れ出し、脱力した私の手を引いてぐんぐん歩いた。週に四日は連れ出されるものだから、暮らし始めて間もない頃は散歩の度に文句をつけていた気がする。

二人掛けのソファには並んで座らず、私は恋人の足下にくっついて膝に頭を預け目を瞑った。初めこそ「隣に座れば?」と恋人も言ったのだが、ひと月のうちにはそうしているほうが私たちには自然だと気づいたようだった。

私たちは交合を求めあわず、たがいの髪や背に触れあって床についた。つるりとしたシーツと二人分の体温が均くそろっていくとき、寝息をたてはじめた恋人の呼吸に自身の呼吸が重なったとき、私はなににも変え難い安息を得るのだった。

 

幸福が2年続いた頃だったろうか。恋人が犬を連れ帰ってきたのは。

犬には見覚えがあった。恋人の弟が飼っていたミニチュアダックスで、名前はチャイといった。

恋人に抱かれるチャイは小刻みに震えている。

「どうしたの?この子、倫太郎くんが飼ってる子でしょう。預かるの?」

つぶらな瞳を覗き込むと私を拒絶するようにゆらめく。眼球と世界とのすべらかな境界が愛らしい。恋人は暗い表情のまま私とチャイとに視線を行き来させた後、ため息を一つついて言った。

「倫太郎のところではもう飼えない。引き取り手を探そうと思ってるけど、見つかるまではうちで預かりたい。ただ、病気がちらしいからすぐには見つからないかもしれない……どうかな」

おそるおそる伺い立てるのは、今の暮らしを気に入っている私をよく知ってのことだろうか。この人と暮らせているのは、こういう機微への察しの良さなのかもしれない。

「いいよ」

「…本当に?」

「ここで飼えばいい」

そう加えたことに恋人は驚いていた。チャイに負けずとも劣らぬぱちりとした目を何度も瞬かせている。驚くのも無理ない。私はこの数年、犬か猫を飼わないかという提案を幾度も断ってきたのだ。

「飼っていいの?」

返す声音は子どものようだった

「きみにそのつもりがあるのなら」

尻尾があればさぞ大きく振れていたことだろう。チャイを抱いたままじゃれつくようによろこぶ様が愛おしい。多頭飼いをしている飼い主はこんな気持ちになるかもしれないと思った。

 

とはいえ、突然なわばりに現れた犬に私は大変戸惑っていた。連れてこられた彼女とてそれは同じだった。

はじめのうち、私とチャイは恋人を挟むようにして、様子を窺い合った。恋人が家を空けチャイと2匹になると、私は寝室に篭りチャイはリビングに陣取って、互いのなわばりを守る。

飼い主であり飼い犬である存在と長らく暮らしてきた私にとって、犬でしかない、かといって私を飼い主と認めているわけでもないチャイとの過ごし方は掴みがたいものだった。恋人が微笑ましそうにしていて気に食わなかったがそれ含め好ましいのだからしようがない。

まあ、そんなことも長くは続かず、ひと月ふた月と過ごした頃には同じ群に属するものとして互いを認め合ったのだが。

 

チャイが来てしばらく経った晩、布団に入って本を広げていると、寝支度を済ませた恋人がいつになく真面目な口調で言った。

「あなた、怒るんじゃないかとおもってた」

「なにに対して?」

手元の本から顔をあげ、私は問うた。読書灯のあかりに恋人の横顔が縁取られている。

「断りなく、チャイを連れてきたことについて」

「きみにも考えがあってだろうと思うし、きみへの信頼があるから。連れ帰ることを選んだのなら大切にしたいと…」

「だとしても、怖がるでしょう」

言葉を遮られたことに驚く。そうしたところは滅多に見ない。

「…何を?犬?犬なら怖くない」

「“いきもの”と暮らすの。あなたは理由を言いたがらなかったけど、昔同棲渋ったのもそれが理由でしょ?まさかうちで飼えばいいなんて言うとは」

たまらなくなって、私は身を起こす。

…ああ、本当にこの人は。私の飼い主に違いない。私の飼い犬に違いない。この人が私の恋人なのだ。

恋人に向き直ると、引き戸横に立つ本棚と目が合う。読書灯の届かぬ沈黙から私たちを見下ろしている。あの下腹部に数冊だけ、私の本がある。咎められたわけでもないのに、頭がしんと静まる。

 「……生きものは好きだよ。犬なんて、小さい頃から飼いたかった。……ただ、先に死ぬ生きものを傍に置こうとは思わないだけ」

色鉛筆に囲まれた犬たちは必ず自分より先にいなくなる。幼い頃触らせてもらったあのラブラドールも、ガラス戸の向こうにいた子犬たちも、きっともういない。チャイもいずれいなくなる。

「でも、きみがいるのなら大丈夫、と思った。ひとりではだめでも、ふたりでならきっと私は大丈夫になれる」

これは会話として成立しているのだろうか。不安になって恋人を見やると、恋人の腕が何も言わないまま私を抱く。肩に当たる額のカーブを愛しく思う。

「まだね、現実味がないのかもしれない。けど、がんばろうと思ってるから」

「ごめんね、うれしい」

絞り出すような声が布団に沈み込む。力がふっと抜けて、涙が伝うのがわかった。

自然図鑑の背が暗がりから私を見つめている。かちかちかち、とチャイの爪がフローリングを叩く音が近づいてくる。

その晩は夢に兄が出た。数年ぶりのことだった。兄はあの日の姿のまま数匹の犬たちに守られるようにして横たわっていた。私はあぐらをかいてチャイを抱えていた。背中を合わせて恋人が座っている。誰もが黙し、ふたりと1匹の体温が身体の内で反響していた。

 

チャイが来て2年ほど経つと、私も自ら散歩に出るようになっており、ソファの足下はチャイの定位置になっていた。

恋人と私は変わらず、犬と飼い主のようで、飼い主と犬のようでもあったが、同時に飼い主と飼い主でもあった。飼い主と飼い主である関係は未だ私に馴染みきらず、時折泥の船に眠るような恐ろしさを感じた。しかし、自分のいる群に満足していた。恋人を、チャイを愛していた。私は28に、恋人は29に、チャイは8つになっていた。

 休日、ソファに寝転び腹に乗ったチャイを撫でていた。うつらうつらと気持ちよさそうに、おもたげな瞼が閉じかけては薄く開く。

小型犬の高い体温は幼い時分の兄を思い出させる。兄は大抵熱っぽかった。本人は苦しかったろうに、私はその熱さが嫌いでなかった。しょっちゅう兄の布団に潜り込んでいたせいか、今でもこの熱さに安心を覚える。

背に感じるひやりとした革張りのソファと腹の上のチャイの温度が私の身体の中で混ざり、巡っていく。

熱に眠気が溶け込んできたのを感じながら、ひたすらにチャイの背を往復する。

もうすぐ換毛期だ。うちに来て初めての換毛期ではその抜け毛の多さに驚いた。毎日丁寧にブラッシングをしても掃除が追いつかず、泣く泣くリビングの絨毯を仕舞うことにした。ひとり暮らしをしていた頃に奮発して買ったシルクの絨毯は、チャイの換毛期中だけクローゼットに押し込むのだ。チャイが来てからはクリーニングに出していないから、そろそろ頼んでもいいかもしれない。

「ただいま」

恋人が帰ったらしい。玄関から声が届く。眠ったチャイを起こさぬよう、私は黙っている。

「ただいま」

リビングにたどり着いた恋人は、私たちを認めてもう一度言う。

「おかえり。ごめん、さっき返事しなくて。チャイが今寝たばっかりで」

「…赤ちゃんのことみたいに言うね」

「もうとっくにきみより年上だけど」

くつくつと笑っているくせに、どこか寂しげだった。そばに来たがっている気がして、チャイを起さぬよう慎重に体をずらしソファの半分を空ける。放り出した脚は少し寒い。

恋人が座った分だけ頭はゆるりと沈み、外の匂いが鼻をくすぐる。私の髪を梳かす冷えた手がまどろみから意識を引き上げる。

「チャイが来てもうすぐ2年だって」

思うより深刻そうな声だった。飛び起きそうになった身体を鎮め、平静を保つ。何かしただろうか?と不安がよぎるが、思い当たることはない。私たちはいつも通り過ごしていたはずだ。

「…もうそんな経つ?あっという間だ」

「慣れた?…ってさすがに慣れたか。もう2年だもんね」

 恋人はそう言ったが、私にはわからなかった。慣れたと言うのなら、今こう尋ねられたことがどうしてこんなに恐ろしいのか。

チャイの鼓動にだんだんと近づいていく反面、その体温との乖離を感じる。変わらず頭にある冷めた体温にそろっていく。

「最近よく思い出すの…この子が来てしばらくの頃、あなたが言ったことを」

「私、何か言ったけ…」

ずっと顔を上げていた恋人が私を覗き込む。確かにこちらを見つめているのに視線は噛み合わない。はるか昔、幼い私の現実に現れたラブラドールを思い出す。実体を持って訪れた生きもの。私に落ちた影が何かを囁いている。

「あなたも知っているとおり…子どもなんていらないと思ってた。愛せない気がしたから。それは変わらないだろうと思ってた」

鼓動が同期する。短い命のリズム。命の質量。

「わたしは自分の子どもを愛さないかもしれない。でも、あなたの子どもを愛さないはずがない。そう思う」

この人はもう、私の飼い主でも飼い犬でもない。

しかし、頬に寄せられた手は見知ったものだ。そっと確かめるように手を重ねる。震えに滲む覚悟が、今この人を私の恋人たらしめている。

「ひとりではだめでも、あなたとふたりなら大丈夫だと……」

私はようやく気づく。

私たちを飼い主と飼い主にしたのは、チャイではなく私だったのだ。

額に温い涙が落ちる。

愛しい人はゆっくりと瞬きをしたのち、諦めたように言った。

「京、あなたの子どもが欲しいよ」

買った首輪を抱いて、ひとり眠りにつく。

暗がりの中で首輪が赤く光る。合皮の表面は決して私と溶け合わないが、その低い体温は私の持つ温度とよく似ていた。もう二度と持つことのないあの熱が今はただただ懐かしい。

10/22

毎月、

毎月なにかを

なにかの可能性を潰している気がする

絶っている気がする

なにかを殺している気がする

と言った。

 

その人は「考えすぎだ」と言った。

「でも、わからないことでない」と言った。

「自分にとっては、そう考える人間は都合が悪い」としながら、わたしがそう考えることを否定も肯定もしないでいた。

そうできることを自分のよさだと笑った。

 

わたしはただそれがうれしかった。

2/19

すぐに

すぐに忘れてしまうから、書いておかねばならない。

だってついさっきまで、こんなにも愛おしい記憶を思い出せなかった。きらきらとしたなにかが視界の端々にながれるほどの。駆け出してしまうほどの。

 

父方の祖父母の家で眠るとき、従姉妹ふたりと妹と4人で眠るときのこと。わたしはいちばん年上で、「何かお話しして」と言われればそうする役だった。聞き馴染んだ昔話をそのまま話すのはつまらなくて、あほらしい名前をつけたり、馬鹿みたいなセリフを混ぜて話していた。3人が「じゃあこれは?」と聞けばまた適当に答えて笑かして、眠るどころじゃなかった。そのうち3つ下の従姉妹が、次に4つ下の妹が、わたしの語りに割って入って、ハンドルを思いっきり切ったり、急ブレーキをかけたり、ほんとくだらないことでけらけらけらけらずっと笑ってた。ふだん学校じゃ男子しか言うことが許されてないような、お母さん達の前ではとても言えない、そんな言葉を組み上げて、くらい部屋、布団の中で、ずっとずっと。

眠ったか確かめにくる、父母や伯母さん伯父さんの階段をのぼる足音が聞こえれば、しめしあわせて勢いよく布団を被り、必死に笑いを堪えた。3回に1回はいい加減に寝なさいって怒られた気がする。伯父さんはちょっと甘くて、お母さんと伯母さんは厳しかった。お父さんはたまにちょっかいを出しにきて、わたしたちをさんざ笑かしたあと、眠るまでそばにいることもあった。布団越しにぽんぽんと背中を叩く重たさが好きだった。

妹と3つ下の従姉妹は大人達の帰るとき、一緒にそちらの布団に行くこともあった。わたしは大抵それに気づいていて、抜け出したそこから布団の温さが薄れていくのが、さみしかった。眠っているふりをただがんばっていた。呼吸を一定に、できる限り身動きをせず、布団が自分の体に沿うのを待った。

隣の妹達が抜け出たあと、お父さんかお母さんかもう覚えていないけれど、わたしを撫でていくことがあった。大切にされているのだ、わたしを好きなのだ、と思って、部屋の引き戸が閉まったあと、眠った6つ下の従姉妹を起こさないように身じろぎもせず泣いていた。

もうこれがほんとうのことだったのかはわからないけれど。十分な記憶。

2/13

なんかだめ。すごくだめ。

仕事を切り上げ池袋へ。

桜庭一樹と溝口彰子のトークイベント。

良い話を聞けた。それは間違いない。

感想などを書くリソースが今はない。きつい。

なお、仕事が忙しいわけではない。

むしろ乗り切って、多少余裕ある期間だ。

こう、言語に出力できない時期のあることは、自分の仕事にとっては致命的なことではないか?特に、話すとなるとだいぶひどい。言葉は像にも次の言葉にも結びつかず、発話は音になってひとりあるきしている。

あー、んー、うー、とか呻いている。ほんとうに、ただひとりで。

2024/8/23~8/26広島

8/23/2024

 

普段はかち合わない通勤ラッシュ(と言ってもピーク帯ではないが)にげんなりしつつ、

どうにか新幹線の時間の40分ほど前に東京駅に辿り着き、お土産を見繕う。

新幹線の隣の座席に座った女の子は量産と地雷系のミックスみたいな子だった。ミックスの彼女はソシャゲを回した後、ずっと眠っていた。お菓子のひとつも水の一口も口にしなかった。目尻にさされたコーラルが初々しかった。

新大阪で降りて、打ち合わせ。ティールームに行ったのだが、給仕のそっけなく不足のない姿勢がとても良かった。桜貝色に細かなラインストーンの品良いネイルは、百貨店のルールに準じているのだと思う。

広島までバスで向かう。第一に節約。第二に長距離バスが意外と好き。(夜行バスは未経験。)あと、トルコ旅行でだいぶ慣れた。

車のいらない地域で育ったせいか、いまだに高速とかS A・P Aとか結構わくわくするのです。

 

8/24

二日酔いで全然動けず、12時を回ったあたりでやっと友人宅を出る。サイゼリヤでミネストローネを食べた後、こども文化科学館へ。小一時間ほど見た後、限界で外へ。スタバで休憩後友人宅へ戻る。一日中酒が抜けないっていつぶりかしら。

 

8/25

宮島へ。

  • 鳥居

思っていたよりは大きい。遠目にわかるほど表面が凸凹としていて、柱は滑らかでなく歪。不思議。潮のせい?

 

ちょうど満潮に近い時間で、写真で見るに近い風景だった。水が近いと気持ちいい。

改修中の舞台の前で、舞を捧げる様を想像する。踏み鳴らされる舞の響き、水面に揺れる篝火、空を切り裂く袖、海鳴り、ものどもの囁き。朽ちても置き換わっても、在ったから。

数々の物語のモデルやモチーフにとられるだけある場所だ。人に溢れていても、静かだ。ひとりだ。

 

  • 宝物館

涼しい。蔵のような湿った匂い。

夏の夜を 寝ぬに明けぬと 言ひ置きし 人はものをや 思はざりけむ

明日香皇子の句がメモにあった。

御供船(旧暦6月17日の管絃祭で出す管弦船)の模型があった。実物は原爆で滅失したそう。

  • 水族館

とどおおきい。あんな近くで見たの初めて。彼らには手狭そうなプールで、ずっとずうっと二頭泳ぎ続けている。見ている間、一瞬も止まらなかった。

牡蠣筏の展示があった。地方の水族館って地域性が出ていて楽しい。沼津と浅虫くらいのものだけれど、またどこかに行ったとき見つけたら入ろう。

 

8/26

  • 幟町教会

カトリック教会。大きな塔、意図した荒さを感じる彫刻。月曜の午前中だからか、一人の女性がマリア像の前で膝をついているのみだった。

 

  • 呉 大和博物館

広島の、第二次世界大戦関連の施設はどうしても苦しい。生々しく彩度が高い。

回天で特攻した兵士・塚本太郎の遺書を前に立ち尽くす。

「ご両親の幸福の条件の中から早く太郎を除いて下さい」

 

殺意を持って造られた技術の粋は、うつくしい曲線を持っている。冷たい金属の人殺しの棺に、彼は母の拵えた座布団を敷いて、いった。そのための座布団を拵えてくれと彼は母親に頼んだ。

彼が密かに残した肉声は、本当は生きたいという旨から始まり、日本が、血が血潮が、と言い聞かせるような語調となった。

 

こわい。何者にも、本当は何者にもあなたの意思を、誰の意思も、意図して変えることはできないはずなのに。それは当人にさえ。生きたいと言ったあなたは血書をもってまでして、自ら回天に乗り込んだ。

 

世界のほとんどは自分以外のものできているから、私の意思はある時簡単に変わる。私の望まぬように変わるかもしれない。だから、忘れるな忘れるなと言い聞かせるの。

展示を一周みて回って、トイレに駆け込み音も立てず戻す。食べたものは消化されていて、濁った液体だけしか出てこなかった。

 

  • てつのくじら館

「掃海」についてちっとも知らなかったから結構面白かった。技術が進歩しようがしまいが人の手を使わないと難しくて危険な作業を要するって、敵対という状況においてとても合力的だ。掃海技術と機雷技術の向上がイタチごっこなのは当然だろうが、「機雷やめりゃいいのに」と初めに思ってしまう。そうならないのも理解できるが、それでも、それでも、というやつだ。

 

潜水艦内はあちこちに機器と注意書きがある。祖父が乗っていたのは郵船だが、こんなところもあっただろうか。

2023/12/30

新宿はすえた臭いがした。そこら中に落ちた吸い殻や空き缶と等間隔にうずくまるガード下の生きもの。5歳より少し前、あたしは誰に何を言われたでもなく息を浅くし、時折息を忘れ、パパの手を掴んで足の間を歩く。

 おじいちゃんの家に行くとき、必ず通るガード下のトンネルみたいな通路。壁には数箇所ガラスを嵌めてショーケースにしたところがあって、絵とか習字とかが飾られてた。ガラスはいつも薄く曇り、磨いても落ちなそうな白いシミが浮かんでいた。あたしが描くのと変わらないクレヨンや水彩絵の具で描いた絵も飾ってあるから、パパとママと何回か並んだことのある、上野の美術館に飾られるような絵とはちがうんだと思う。

 それぞれの絵の前には番人のように、おじさんやおばさんがひとりずつ段ボールを敷いて座り込んでいた。数人は自分の前に箱やお菓子の空き缶を置き、その中には小銭が数枚と稀に千円札が一枚入っていた。一度ママに、お金入れなくていいの?と聞いたけれど、ママは黙ってあたしの手を引くだけで、答えてはくれない。

 目の端にとらえるそれらは、ほの暗いトンネルの中でオレンジ電球に弱々しく照らされ、輪郭が揺れている。博物館で見た、猿と人の間の生き物の蝋人形をあたしは思い出す。ケース越しのガラスの目玉。夢にみそうな脱力。絵も、番人みたいなおじさんたちもじっと見つめてはいけないのだ。

 おじさんたちがどうしてここにいつもいるのか、幼稚園もパパの仕事も休みの日でもどこにも行かないのか、聞きたくて仕方なかった。でも、大人たちが、パパとママが、まるで番人たちなどいないかのように歩いていくことにわけのあることくらい、あたしにもわかっていたから。きっと、あたしにもわかるようになると信じていた。

 トンネルを抜けると、ビルも青い空も黄ばんで見える。大きくて長い横断歩道をパパとママに置いていかれないようせかせか歩く。横断歩道の向こう側にはふたつの道があって、片方には「思い出」なんとかと書かれてる。近所の商店街の入り口を小さくしたようだったから、駄菓子屋さんがあるとあたしは踏んでいて、ずっとそっちの側へ行ってみたいのだけれど、パパとママはいつももう片方の屋根付きの緩やかな坂道をゆく。

 坂道の右手側には大きな道路が、左手側には小さなお店がひしめき合ってる。くじとかチケット、かばんを売ってるところがいっぱいで、ご飯のお店は少ない気がするけど、なんだか生臭い。その上、すれ違う香水の匂いがつぎつぎと変わるせいで目が回りそうになる。狭い道をたくさんの人がせっつくように行き来するものだから、あたしはくらくらする頭をなんとかまっすぐに、頑張って歩かなくちゃならない。

 坂を登り切る手前、おっきな歩道橋の下まで出るとなぜだか人は減り、流れも緩やかになる。左には地下に行く入り口、右には宝石とかスカーフとかアクセサリーを地面に広げるおじさんやおばさんがいて、その奥には、汚れたキャリーケースや布にくるまった人が玄関の置物のみたいに並んでる。宝石やスカーフを売る人たちは季節を問わず服を着込んで、夏でもダウンを着ているおじさんもいる。おじさんはサンタさんみたいな白髭をはやしてるけれど、サンタさんよりずっとゴワゴワしてそうだ。黒い布の上に広げられた色とりどりの石や銀色のチェーンがぴりぴり光る。離れたところからでもよく見えるひときわ大きな緑色の石にあたしが吸い寄せられると、パパにくんっと手を引かれ、あたしは歩くことを思い出す。

 小さな宝くじ屋さんを二つ通り越し、日向のしらっ茶けた光に目を細める。ここまで来ると、パパはいつもあたしの手を離してケータイを取り出すから、代わりにママのトートバッグの端っこをぎゅっと握って迷子にならないよう努める。前ここでぼーっとバスを見てたらちょっとだけママたちを見失ったから。

 パパとママが何か話してる。ねえママ、 Suicaやりたい。あたし、もう届くよ。

10/6

この週末、部屋を片付けるつもりだったが達成されず。

ティアキンはだいぶ進んだ。本当はもう少し達成率を上げてからクリアしたいのだが、もういい加減他のゲームにも手をつけたいしクリアしても良いのかもしれない。

レンジでタッパーを溶かして火災報知器を鳴らしてしまう。大きな音でだいぶ焦った。部屋干ししていた服が煙たくなっていないか心配。

注文していたドレスとパンプスが届く。友人枠では初めて結婚式にお呼ばれしたし、これからも着るでしょうと吟味に吟味を重ねて選んだんでした。絞りきれずFACE TO FACE  STYLEのベロアロングドレスとPINKOのバイカラードレスの2着を買ったわけですが。

FACE TO FACE  STYLEのベロアドレスは8㎝近いヒールを履いても少し丈が余る…サイズがなかったのでイタリアサイズで44(13号くらい)を頼んだけれど厳しかった。ものによってはいけるんだけどな〜直せば着られるが、迷いどころ。翡翠色(カワセミの方)のベロア、とっても素敵ではあるのだが…

PINKOのバイカラードレスはサイズもちょうど良く着心地も悪くない。黒と青のパキッとしたカラーリングも好き。Iラインの強い形なので似合っているか心配ではあるが…とりあえず、姿見を買おうと思う。

パンプスはPRIMADONNAのレースアップを買ってみた。約8㎝のピンヒール、大丈夫か…?と怖々していましたが、意外といけそうな気がする…!本番のために慣らしていきたいところだが普段の服装的になかなか出番がなさそうだ。

他に、欲しくなってTOPSHOPのレースシアートップスも買った。これがとってもとってもかわいい!一見黒のレーストップスなんですが、袈裟がけみたいにフリルがついていて、そのフリルの加減も好み!早く着ないと今シーズンの出番がなくなってしまうのでたくさん着たい。

今更ながらアルスラーン戦記を読んでいる。読書のこういう感じの夢中さ(?)って中学生くらい以来なのじゃないだろうか。文庫のシリーズ物らしい程よい薄さと文字の詰まり方、文体、たまにある挿絵もさることながらシリーズものを夢中で読む感じというか……まだまだ先があるのがうれしい。あまりに新鮮でここ数年読むものもだいぶ偏っていたのだな、と再認識する。