1Kのアパートにバイトから帰ってきた24:30くらい、どうしてもお風呂に入るのが面倒臭い。コートもセーターもヒートテックもベルトも全部その辺に放り出したまま、毛足の長いカーペッの上に仰向けで寝転んでいた。シーリングライトが視界の際に収まるくらいの地点に焦点を合わせる。ぼーっと、生ぬるい白色をした天井を見つめる。「せめて化粧だけでも落とさないと、明日絶対後悔するなあ」と自分の声が頭の中で再生された。
今なら死んでもいいかもしれない
化粧を落とさなきゃいけない。お風呂に入らなきゃいけない。散らばった服も片付けなきゃいけない。たぶん、お腹も減ってる。
明日もバイトがあるから、全部やっとかないと明日しんどい。明日、というか今日。
こういう思考回路は疲れているからなのか、寒いからなのか、あたしだからか。とりあえず、寒いのはホットカーペットで解決できるかもしれない。匍匐前進、と言うには無様な格好でホットカーペットのスイッチにたどり着く。
一昨日テレビでやっていた。女芸人が昔、ホットカーペットの上で寝て太ももに大きなやけどをした話。泥酔して寝てしまった、とカラカラ笑い、たまに深刻そうな顔をしていた。スイッチに手をかけて躊躇う。あのよく笑う彼女の足には大きなやけど跡が今もあるかもしれない。あたしに、その跡ができたら。キズモノに、なるだろうか。あたしの価値……。働けること。若いこと。やけどの跡は若さを損なう……?
今死ぬなら、それも些末なこと。あたしがこう考えたことも誰に知られるでもなく、灰と骨だけがのこる。被害の及ばなかった組織も、壊死した組織も焼かれる。医者とか葬儀屋とか、あたしの知らない人だけが太ももの赤さを見るんだ。あたしのからだを知っているのはあたしの知らない人だけ。
「ふふふっ……いいなあ、それ……」
かちり。
うつ伏せになって、茶色い毛足に片頬を沈める。埃っぽい化学のにおいがする。胸がつぶれる感触。背中に重さを想像して口元が歪む。キャミソール越しにある空気は乾燥していて、重さにはそぐわない。
ちぐはぐな感触は統一せよ!
脳よりも脊髄よりもはやく、わめいている。なにも残さないことを許さないシステムがあたしにははたらいているらしい。
ああ、今死ぬなら。
処分しなきゃいけないものがたくさんある。いや、処分しておきたいもの、か。
化粧さえ落とせないから、あたしはいつも。